2019-07-01から1ヶ月間の記事一覧

【2018年5月~11月⑤ 書道の先生からのショートメール】

兄は約束通り、19時に実家に来た。 母は嬉しそうにしていたが、台所と居間をウロウロしており、父に 「お茶でも入れろ!馬鹿が!」 と怒鳴られていた。 父は18時からお酒を飲み始めていた。 父はお酒を飲まないと大事な話ができないようだった。 「怒鳴…

【2018年5月~11月④ 書道の先生からのショートメール】

「お母さん、元気?」 母はまた痩せたように見えた。 「元気だよ。どうしたの?来てくれて嬉しいよ」 「うん。ちょっとね。お兄さんも後から来るよ」 「太一も? 太一も来るの?」 母は嬉しそうだった。 (いつも父が私を占領してしまうから、兄が来るまでは…

【2018年5月~11月③ 書道の先生からのショートメール】

父との電話を終えると私は兄に電話を掛けた。 数回着信を残すと、20時過ぎに兄は電話をかけ直してきた。 兄に『隣家の鈴木さんの話、書道の先生からの電話』の内容を伝えると、驚くこともなく 「俺のところにも連絡が来てる。近所の人達から。この頃実家に…

【2018年5月~11月② 書道の先生からのショートメール】

私は16日前と同じ内容の電話を父に掛けた。 まず、受話器をスピーカーホンにするよう指示した。 父の難聴の様子を観察し、父が補聴器は適用なレベルではなく、集音の問題があるだけだと判断した。 目の前の人との会話では難聴の状態にならなかったからだ。 …

【2018年5月~11月① 書道の先生からのショートメール】

2018年11月6日、母の書道教室の先生から私にショートメールが届いた。 『今晩は。淑子さんのことで気になっていることがありますので連絡しました。お時間があるときに電話をください』と書いてあった。 隣家から母の状況を知らされた10月21日から16日後だっ…

【2018年5月~11月⑤ 隣家からのメッセージ】

人に言いにくいことを言うときは、言おうと決心してから間を置かず、毅然としながら単刀直入に、短く言うことをソーシャルワーカーとしてのモットーとしていた。 隣家の鈴木さんとは15分話した。 旅行から実家に寄って、私の自宅に帰った。 すっかり重くな…

【2018年5月~11月④ 隣家からのメッセージ】

「母は認知症の病院には5月から行ってます。怒鳴る父を精神病院には…理由が怒鳴るだけでは…何と言ったら良いか…父の受診は難しいと思います…」 おばさんの言いたいことはよく分かった。 私も精神領域で働いてる。 父はたぶんパーソナリティ障害があるだろう…

  【2018年5月~11月③ 隣家からのメッセージ】

実家は坂の上の行き止まりの場所にある。 夫がバックして車を回転させた時まで、両親は実家の玄関から私たちを手を振りながら見送っていた。 (今月は何事もなく過ぎてくれそうだな…) 車が回転させ終わり、スピードを上げようとした途端、誰かに車が叩かれ…

【2018年5月~11月② 隣家からのメッセージ】

庭に立つ私と夫の姿に気が付いた父は、ハッとした様子で声を落した。 「ああ、来たのか! 孝さんも一緒か! 上がりなさい上がりなさい」 人が変わったような笑顔で父が私達に声をかけた。 「どうしたの?何かあったの?」 「いやあ、淑子がな、洋服を失くし…

【2018年5月~11月① 隣家からのメッセージ】

私は(母はもう以前の母ではない)と自覚しながらも(このまま母の状態や両親二人の生活はどうにか維持できるんじゃないか?)と揺れながら、見ないまま行き過ぎたい、そう願っていたのは事実だ。 やっと私の事務所の経営は軌道に乗ったとはいえ、公認心理師…

【2018年5月~11月④ 痩せていく母・選べない服装】

『しまむら』に入った当初の母は 「これもいいね、こっちもいいね」 とはしゃいでいた。 だが洋服を手に取ると、値札をじっと見て 「3900円…。いらない。高いよ」 と商品を元に返すことを繰り返し、店に入って10分すると 「純子もういいよ…、帰ろう」 と繰り…

【2018年5月~11月③ 痩せていく母・選べない服装】

「お買い物にいくの?純子と行くの?」 「そうだよお母さん。靴やお洋服は女同士がいいじゃない?」 私は笑顔を作って母を見た。 母はやっと安心したように表情を緩めた。 「今から行く?」 「行こう行こう!髪はどうする?」 母は父を見た。 「止めておく。…

【2018年5月~11月② 痩せていく母・選べない服装】

【2018年5月~11月② 痩せていく母・選べない服装】 「食べてるよ。淑子は。でも服が同じものばかり着て言うこと聞かねえし、靴はボロしかはかねえ!」 父は血相を変えて怒鳴りだした。 私は父の怒声が苦手だ。心臓がギュッと痛くなるように感じる。 「大きな…

【2018年5月~11月① 痩せていく母・選べない服装】

私が思っていた以上に、母の通院は順調に開始された。 両親と兄と私が集まった、5月の話し合いで、兄が月に一回、実家に顔を出していることは分かった。 「月に1回、実家に様子を見に行こう」 私も月に1度は実家に様子を見に行くように努めた。 6月、7月、8…

【2018年5月~11月 ⑨ 認知症専門外来へ】

私が居間のテーブルに広げた病院の資料に、父は食いつき、母は目を背けた。 「ここならすぐだ。俺が送っていける」 「もっといい病院があるんじゃないのか?精神科じゃないくてどこか…」 黙っていた兄が注文を出す。 「認知症でも鬱病でも精神科に行くべきだ…

【2018年5月~11月 ⑧ 認知症専門外来へ】

「淑子は鬱病なんじゃないのか?」 父は一人で繰り返した。 人間は誰でも、もの忘れをする。 認知症とは、「認知機能障害のため、それまで出来ていたことが出来なくなり、日常生活に支障が出ること」を言う。もの忘れの程度がひどくなり、一人では仕事や家事…

【2018年5月~11月⑦ 認知症専門外来へ】

「おお、純子よく来たな!」 2018年5月20日、私が実家のチャイムを鳴らすと上機嫌の父が出迎えた。 居間にはすでに兄が胡坐をかいて座っていた。 「1時間前に太一も来てくれたんだよ」 母は台所にいた。お茶を人数分入れながら、何かを探しているようだった…

【2018年5月~11月⑥ 認知症専門外来へ】

現在の医学では、認知症治療のバリエーションは少ない。 正常圧水頭症や慢性硬膜下血腫などをのぞき、認知症の進行を完全に止める方法や、根本的な治療方法はみつかっていない。 だから、認知症の治療は、認知症の進行を緩やかにし、生活の質を高めることを…

【2018年5月~11月⑤ 認知症専門外来へ】

2018年5月20日、私は仕事を終えた後、高速道路を使って1時間半かかる実家に向かった。 私は30歳の時にNHK学園福祉門課程を修了し国家試験を経て、介護福祉士の国家資格を得ていた。 そのあとは約5年間、高齢者専門のデイサービスセンターの管理者兼生活相談…

【2018年5月~11月④ 認知症専門外来へ】

兄は実家から車で10分の所に家を建てていたし、父が働いていた工場に勤務している。 実家周辺は地域のつながりが強く、雨の日は断りなく互いの家に入り洗濯物を取り込むのが当たり前の付き合いをする土地柄だ。 団地全体が同じ会社に勤めており、それが2世代…

【2018年5月~11月③ 認知症専門外来へ】

2018年5月20日、書道の先生から私へショートメールが届いた。 「こんにちは。書道の○○です。お母様の事です。最近忘れることが多く、一度、病院で受診されてはいかがでしょうか?脳専門病院等で」 私は覚悟を決め返信した。 ご連絡頂きありがとうございます…

【2018年5月~11月② 認知症専門外来へ】

実家と私の関係は平穏なようで、時折難しいこともあった。 「兄の子をコネでいいところに就職させろ」 「姉一家に来るように言え」 などと父から電話が入ることがあった。 あまりは詳しくは聞かなかったが、兄や姉とは音信不通のままで、父が勝手に先回りし…

【2018年5月~11月① 認知症専門外来へ】

2013年秋の書道展以来、私は書道の先生とショートメールでつながっていた。 両親の暮らしは以前と変わらないように見えていた。 兄と姉は実家に出入りせず、私たち家族は盆と暮れには4人で顔を出す。 少しづつ変わっていったのは、母が料理をしなくなったこ…

【2013年秋:認知症の兆し⑩~書道グループ展にて⑸】

「先生、わざわざありがとうございます。でも北山の家は色々事情がありまして…」 「ええ、多少知ってます。だから二女さんを待っていたのです」 身体が鉛のように重くなった。 自分の事情とはいえ、初婚の時も2人の親を介護し見送り墓を建てた。 つい数か月…

【2013年秋:認知症の兆し⑨~書道グループ展にて⑷】

先生は私の目を見据えて、毅然と続けました。 「お父さんに伝えても、書道行かせなきゃいいですかとか、そういう話になってしまって。そういうことが言いたいわけではないの。そしてどうやら、あなたのお父さん、淑子さんをひどく怒鳴るみたいなのよね。お父…

【2013年秋:認知症の兆し⑧~書道グループ展にて⑶】

気まずそうだった母の表情が元に戻ったのを確認して、私は 「仕事、午前中だけ休んだんだ。今から仕事行くから」 と母に告げた。母は 「あらそう。お父さんのとこ寄ってかないの?」 と言っていたが、実家に寄らなくて済むように、午後は仕事を入れていた。 …

【2013年秋:認知症の兆し⑦~書道グループ展にて⑵】

ほどなくして母の目の焦点はあったように見えた。 「純子、みんながね、あんたを会場案内してきなさいって」 作品を見て回る私に母が静かに近寄ってきた。かすかに頬を染めた母は、相変わらず綺麗で私は安堵した。 「これは先生の作品。すごいでしょう?~~…

【2013年秋:認知症の兆し⑥~書道グループ展にて⑴】

母の書道展観覧を約束した日、私は美術館にむかった。 母は受付に3人のサークルメンバーとともに座っていた。 「お母さん、来たよ」 私は大きな菓子折りを携えながら母に声をかけた。 焦点があってないような母の目が私に向いた。 1分もそうしていただろう…