【2018年5月~11月④ 痩せていく母・選べない服装】
『しまむら』に入った当初の母は
「これもいいね、こっちもいいね」
とはしゃいでいた。
だが洋服を手に取ると、値札をじっと見て
「3900円…。いらない。高いよ」
と商品を元に返すことを繰り返し、店に入って10分すると
「純子もういいよ…、帰ろう」
と繰り返し始めた。
楽しそうだった表情は消え、母は焦燥感を浮かべながら店の中で戸惑っていた。
「せっかくだから何枚か買っていこう。ポロシャツが好きなんだよね?」
私は高齢者との買い物はとにかくスムーズにしてあげることがコツだと心得ていた。
「すいません!ポロシャツどこにありますか?」
店員を呼び止め、場所をきいた。
誘導された場所で、今母が着ているのと似ているポロシャツを選んだ。
「いいの? 純子。靴だって買ったんだよ?」
「いいに決まってんじゃない。お母さんは今まで孫にいくらおこずかいくれたの?こんなんじゃ足りないくらいだよ!」
母に頓着せず、カーディガンやトレーナーなどの普段着を6枚程度手に取り、母の前で広げる。
「どうかな? 似合うんだけどなあ? 買ってもいいかな?」
「うん!じゃあ買ってよ!」
母には笑顔が似合う。
私は泣きそうになるのをこらえて、母にキャッチしやすい明るい顔と声を作る。
「買っちゃおう!どんどん買おうよ!」
母は嬉しそうに
「じゃあタオルもいい? 靴下も欲しいの。買ってもいい?」
「もちろんだよ!店にあるもの全部買ってもいいよ!」
母は声をあげて笑いながら、店にある中で一番高いタオル手に取った。
「2000円だけどいい?」
母は数字に敏感で、計算も間違えなかった。
私は大きなゼスチャーでOKサインを出しながら、タオルを買い物かごに放り込んだ。
買い物からの帰り道、車の中で私は
「来月は髪の毛を染めに行こうか?」
と母に言った。母は
「…もういいの。髪を切りに行くのもやっとなの。お父さんが染めるなっていうんだから、もうそめない方がいいんだよ…」
と小さな声で寂しそうにつぶやいた。
私は何も答えず(母が元気なうちに静岡の実家に連れていこう。そして私が母を手伝って温泉にいれてあげよう)と思った。
買い物から実家に戻り、体重計に電池を入れた。
母の体重をはかると51キロ〈身長162センチ〉だった。
(去年は65キロ位あっただろうに…)
「お母さん、ずいぶん痩せちゃったね…」
買い物から戻った母は、はしゃいだ様子は消えていた。
「そうなの?」
体重のことは気にしていない様子だった。
母が心配で、体重を記録し、母の全身写真を撮った。
気が抜けたような、弱々しい母が写っていた。
(来月からはバイタルを記録していこう。血圧計と体温計も持参しよう) 私は気を引き締めた。
母の痩せた様子に私が唖然としてると、父が
「俺だってやせたんだ!」
と言い始めた。
体重をはかると75キロ〈身長162センチ〉だった。
「もっと痩せても大丈夫だね、お父さん」
父は子どものようにふくれてお酒を飲み始めた。
2018年の9月だった。